書きたいけど書けないやつのための物語講座

俺はしゃべりすぎるから、全部読まなくていい。お前が書けると思ったら、すぐ読むのをやめて、書け

小説講座 お前が弱点について考えなければならない理由


お前が面白い小説を書きたいと考えたなら、まず一番に学ぶべき事はコンセプトについてだ。お前自身から最高のコンセプトを学ぶことができれば小説が書ける。
しかし、単に小説を一本書きたいと考えているのなら、登場人物の弱点を知る事が一番の近道だろう。

 

お前はいつものように、俺が言う事の反対の事から考えるかもしれない。つまり、弱点の無い主人公だっているじゃないかと。
確かにそうだ。現実にはともかく、漫画や小説には弱点の無さそうな完璧なキャラクターが居る。お前がそれに魅力を感じたというのなら、確かにそのキャラクターには価値があるのだ。

問題は、読者がそのキャラクターをどう思うかだ。
俺は以前、キャラクターがブレてもいい話をした、だろうか? まぁいい。キャラクターがブレるのは、そのキャラクターの隠れていた部分がうっかり表に出たからかもしれない。
ただし、お前がどのように考えていようと、読者はそのキャラクターのブレに気づいてテーマを感じ取る。作品内に複数の矛盾したテーマが存在していると、読者はその小説が何を言いたいのか理解できずに読むのをやめてしまうかもしれない。
意識するべき点はただ一点だ。そのキャラクターが読者にどのように認識されているかは知っておけ。大まかでいい。読者はそのキャラクターを、自分の分身のように考えているのか、憧れていて彼のようになりたいと願うのか、可哀想だから助けてやりたいと思うのか。意外な事実をやるのは結構だが、クレバーにやれ。
読者がそのキャラクターに何を期待しているのか知れ。読者の期待を裏切るな。だが今日するのは、その話じゃない。

 

俺はキャラクターの弱点を書けと言った。お前の小説にはそれが必要だからだ。その本質は、そのキャラクターを困らせる事にある。
物語というのは、キャラクターが出てきて、そいつが何かを必要だと感じて、手に入れようとして、その過程で起きた出来事である……そう言う事もできそうだ。大抵の物語はこれが当てはまる。何故なら、何かを欲しいと思ったのに手に入らないというのは人生の本質的な部分だからだ。

 

まあ、試しにひとつ、プロットでも作ってみるとする。主人公は等身大のお前で、学生という事にしてみよう。
朝起きる、朝食を食べる。学校に行く。片思いの女の子が挨拶してきた。お前はクールに挨拶を返す事はできなかった。授業中その事を後悔するが、どちらかと言えばプラスの出来事だ。彼女はお前をとりあえず人間としては認識しているみたいだぜ。
だが、見たところ、お前には物語の主人公としての資格は無いように思える。俺はよくある、思春期に行動を起こせなかったウジウジ野郎を見たいわけじゃない……少なくとも今はそんな気分じゃない。このままお前がその資格を見せられないようなら、俺は読むのをそのうち、やめる。

 

ここから先はコンセプトの力だ。まだ導入部分だから、思い付きでもいけるが、小説を完成させたいなら、よく練っておけ。
まあ、見てろよ。俺はお前にいわゆる、チート能力を授けてやろう。怪しい占い師の格好で、妙なしゃべり方で手渡す。見た目はクソダサイガラケー(旧世代型の携帯端末)で、その最大二倍までしかズームできないカメラで人間を写すと、言うことを聞かせる事ができる。あと、そう。フル充電しても、バッテリーは十分しか持たない……古いからな。
お前は完全に疑ってかかり、何か別の思惑があるんじゃないかと思っている。だが、偶然通りかかった友人を事故みたいに写真にとってしまった。一番苦労しそうな所をクリアしたお前は、下らないと思いながらもガラケーを操作して、その力が本物だと確信する。

 

さあ、次のシークエンスは物語の導入のクライマックスだ。
お前は不思議ガラケーを手に持ち、なんとか写真を撮るタイミングを計る。むろん、片思い中の女の子をだ。クソみたいなズーム機能に加え、シャッター音がアホみたいにでかいので、盗撮は不可能だ。なんとか一度、勇気を振り絞って、本人に写真をとっていいか聞くしかない。
しかし、お前はその女の子にすごく元気が無い事に気付く。笑顔はカラ元気のように思える。お前は心配になる。そして、機会を逃す。
お前は何らかの理由で、女の子の不調の原因を知る事になる。写真を撮るために尾行したのか……それ自体は偶然通りかかったでも許される。キャラクターの味付けにはなるが、こった演出はいらない。
女の子の父親には多額の借金があり、反社会的な集団が過剰戦力で彼女の住む家に押し寄せていた。
お前はまず警察に連絡するなどの常識的な処置をとってもよい。周囲の人間に助けを求める……しかし、解決はしない。警察は間に合いそうもない。お前に、暴力に立ち向かう術は無い。
いや、お前は不思議なガラケーの存在を思い出す。遠くから試しに奴らの姿を写真に収めるが、ダメだ。遠すぎるし、数が多い。カメラには一人だけを正面から取らなければ意味が無い。
お前は唯一、誰の許可も無しに撮影できる被写体に気付く。自分自身だ。警察がやってくるまでの時間稼ぎだけでいい。お前はガラケーで自分自身に命令する。勇気を振り絞って、行動しろ。

 

今日のサンプルプロットはここまでだ。確か、弱点の話をしていたな。お前はここで一端先を読むのをやめて、もう一度サンプルプロットを読み直し、弱点を洗い出してみてもいい。お前が弱点だと気づければそれでいい。俺と意見が合わないようなら、お前は喜んでいい。それはお前の面白いの種だからだ。また、同じでも変わらない。大抵は細部が違っているものだ。

まずお前が目についたのは、ガラケーの弱点かも知れない。お前はこの部分を超高性能なスマホに置き換えてみてもいい。できる事が多すぎて、逆に困ってしまうんじゃないかと思う。読者の方が鋭い知恵を持っていたら「このキャラクターはアホだ。俺ならもっとうまくやる」と言われてしまうかもしれない。
お前は読者に馬鹿にされるのは誰にも読まれない事よりも嫌だ、と感じるかもしれない。だから、高性能なスマホを持った主人公は、とりあえず問題を解決できる、無難な、誰にも非難されない行動を取る。

だけど誰でも納得できる理由をわざわざ教えられても面白くない。一見不可解な行動を読者に納得させようとする試みが、面白いを生み出すのだ、きっと。
明らかな弱点を設定しておく事は、お前の迷いを消してくれるかもしれない。これも弱点の効能の一つだ。

 

弱点と聞いて、お前は一番最初に主人公の弱点を考えたはずだ。コイツの弱点は、冒頭で気の利いた挨拶ができなかった事かもしれないし、どうすれば女の子と仲良く話ができるのかを知らなかった事にあるのかもしれない。そもそも、ズルい力に頼って女の子と仲良くなろうとした心の弱さが、主人公の未熟を如実に現しているのかもしれない。
主人公の弱点は、役割としては目的に到達させないための障害の一つにすぎない。しかし、テーマを語る上で最も重要な葛藤を生み出す物であるし、それに、何度だって立ちはだかる強敵だ。
ラストシーンを終えた時、ガラケーの力を借りずとも勇気を発揮できると主人公が自覚した時、主人公の成長は読者にとっても明らかな物になる。
物語とは障害を乗り越える人物を語ったものだ。障害そのものに魅力を持たせるのもいいが、乗り越えるキャラクターの弱点を組み合わせる事によって、よりいっそう面白さが増す。

 

あるいは、女の子の弱点を掘り下げてみるのもいい。今回は父親に借金がある事が分かった。それが原因で、男性恐怖症を煩っているかもしれない。借金取りから助け出してくれた主人公を、感謝すべきと考えながらも、つい拒絶してしまうものかもしれない。
あるいはもっと分かりやすい弱点をつけておいてもいい。高圧的で相手を否定するところから始める癖があるとか、お人好しすぎて人間性の本質が見えなくて不気味だとか。とにかく、なんでもいい。
小説とは読者にそうとは悟らせないままに、テーマを説得するものだ。顔もよくて性格もいいヒロインを魅力的であると説得するのは容易だが、読者も大して興味を見せない。一方で、性格の悪すぎるヒロインを魅力的に見せるのは一工夫必要だ。しかし、その一工夫に凝らした必死さが、小説にはにじみ出る。やるだけの価値がある事は保証する。

物語そのものに欠陥を見いだした奴はいるか? そもそも、ガラケー洗脳装置の存在そのものを許さない奴がいる。そんな奴は放っておけと考えるのも一つの手だ。一方でそれを掘り下げる事もできる。
洗脳装置を作り出した集団と戦うのも一つの手かもしれない。結構デカい戦いになるから覚悟をしておけ。また、主人公自身が使用しているのも決して小さくない葛藤を生み出すだろう。
あるいは、もっと現実に寄せてやって、リアリティを演出する事もできる。それは、物語全体の世界観を定義し、地に足の着いた小説に仕上げる助けにもなるだろう。

ガラケーの力を借りつつ、あらゆる困難を乗り越えお前は、日常に戻って来る事ができた。朝起きて、朝飯を食べて、学校に行く。あるいは家の前に高級車が止まっていて、ヤクザの親分が顔を見せ「今回の事は貸しにしとくぜ」的な事を言う。とにかく、物語が決着した事を明確にしてもいい。
片思いの女の子との関係は最初と全く違う物であるから、朝の挨拶は違った物かもしれない。そのシーンは匂わせる程度であまり具体的に書かない方がいいと、個人的には思う。
問題は、主人公の前に、例のガラケーを渡した怪しい占い師がもう一度現れた事だ。お前はそいつに聞きたい事が山ほどあるだろう。しかし、その占い師が言う言葉には違和感がある。
背後から声をかけられる。すると、そこに居たのはガラケーの効果を実証した主人公の友人だ……占い師はフードを脱いでその正体を現すともう一人の友人だった。
読者は改めて思い出す。そう言えばガラケーの効果が如実に現れたのは主人公が主人公自身に使った時だけで、それ以外は微妙で、こじつけて説明しなくてはならないような効果ばかりだった。それは、写真うつりが悪かったり、電池切れだったからだと思っていたけれど、最初からパチ物だったのだ。

 

キャラクターが何かを欲して、それがなかなか手に入らない物なら、葛藤が生まれる。葛藤は読者の興味を引くのにもっとも役立つ概念の一つだ。物語の最初から最後まで良質な葛藤が絶え間なく続いているなら、お前はその物語を一瞬で読み終えてしまうだろう。
弱点を学べ。弱点とは人生の本質だ。普段は隠されているが、物語はそれを明らかにし、時には引きずり出し、攻撃する。それでも主人公は立ち上がり、時には弱点を見せつけるようにしてさらけ出し、障害に挑む。物語とは障害に立ち向かう話だ。乗り越えるか、失敗するか、それとも、諦めてしまうか。お前は、どっちだ?

 

今日もしゃべりすぎた。また書けなくなったら会おう。