書きたいけど書けないやつのための物語講座

俺はしゃべりすぎるから、全部読まなくていい。お前が書けると思ったら、すぐ読むのをやめて、書け

小説講座 「会話文について」

「あぁ、急に降るんだから。参ったよ」
「天気予報で言っていたぞ。いいから、さっさとシートベルトを締めろ。車、出すぞ」
「はいはい。あぁ、いつものより一本先の道を右に曲がって。手前は工事してるんだ」
「分かった。この感じだと……十五分ってところか?」
「どうだろう? 意識した事ないな」
「自分が何をどのくらいでできるか、常に意識しておけ。日々の意識の積み重ねが、いつの間にかお前を大きく変える」
「そう言う君は、いつまで経っても変わらないな」
「それは、そうだ」
「今日は何の話をするつもりだい」
「何でもいい。俺はいつも同じ話をしている。ただ、外側を変えているだけで、結局言いたい事は一緒だ」
「人はそれを違う話をしているって言うんだよ。次、右だからね」
「分かってる」
「……あぁ、そうだ、君は知っていたかい?」
「いや、知らない」
「そういう君の話し方はかなり、ムカつくって事さ」
「あぁ、すまない。その話は知っていた。それで?」
「僕らが二年の頃の担任、新しく店を出すんだ」
「ほぉ……いや、そういえば聞いた事があるな。お前が話したんじゃないのか?」
「そうだったかな。それで、昼にどうだい?」
「もう一人と相談してからだな。俺は特に不満は無い」
「良くも無いって事かい?」
「そう聞こえたか?」
「僕が提案しなかったら、君はどこか行きたい場所でもあったんじゃないかと思ってね」
「お前が言わなかったらファミレスか、あるいは学生時代に行っていた食堂か、そんなところだ」
「……ところで、どこに向かっているんだい?」
「あぁ。そうだな。俺は道を間違えている。普段と違う道を走ってたからな。そういう事もある」
「君は悪びれるって事を知らないな」
「それで誰かが喜ぶなら多少悪びれてもいいが、俺は悪びれるような事をしたか?」
「いや、別に。僕も君が悪びれるべきだとは言ってない」
「そうだろうよ……後ろのシートにコーヒーの缶がある。二つとってくれないか?」
「一つは僕のだな」
「違うと言ったら喜んでくれるか?」
「あぁ、大喜びさ」
「じゃあ、お前のじゃない。片方は開けてくれ」
「ほらよ。ホルダーにおいておくぜ」
「ありがとう。もう片方は駄賃にくれてやる」
「大切にさせてもらうよ」
「忘れて行ったら承知しないぞ……それで、俺は何について話していたんだったか」
「思い出せないなら、大した事は言ってないと思うよ」
「君が思い出せないなら、そうだと確信できるんだが」
「何かをしゃべり続けていた事は間違いないね」
「何かをしゃべり続ける。確かにそれ以外をしていないのなら、会話だけしかしていないのかもしれない」
「でも、君が車の運転をしている事は伝わるんじゃないかな?」
「そうだな。それに雨が降っている事。俺の家は君の家と近所で、もう一人友人を迎えに行こうとしている」
「会話しているだけで状況が伝わるって事かい?」
「だが、それはよくある状況だからだ。お前は車のどこに座っている? たぶん助手席に座っているんだろう」
「違うのかい?」
「お前は助手席に乗ったとは言わなかったぞ」
「だけど君は後ろのシートから缶を取ってくれと頼んだよ」
「三列シートかもしれない。いずれにせよ、正確な情報は伝わっていない」
「会話文の限界って事かい?」
「いいや。ここまで言えばたぶん、君が助手席に乗っている事くらいは伝わるさ」
「だけれど、信頼を失うんじゃないかい?」
「そうだな。俺がまだ車の運転をしていると思っている奴がどれくらいいるのか、怪しいものだ」
「物語として通用するかい?」
「さてな。最初からメタフィクションとして読んだやつもいるだろう。一応の対立は見せたが、まだ物語は始まっていない」
「でも、僕らは未来の事を話したね?」
「そうだな。そろそろ友人の家につきそうだ。俺はお前に、そろそろ付くと連絡をしておいてくれと頼むかもしれない」
「そこで何かトラブルが起きるかな?」
「昼に先生の所に行くとも話していただろう。その時かもしれん」
「そう言えば過去の事も話したね」
「二年の頃の担任の話をしたな。俺は車の運転ができる年齢で、運転中にコーヒーを飲めるくらい自信がある事は伝わっただろう。それと、俺とお前は中学か高校か、大学か知らないが二年の頃同じクラスだった」
「きっと、もう一人もそうだよね」
「違うなら、一緒にそこに行くのだから、その話をしなくちゃいけないな」
「あとは何か言ったかな?」
「いろいろ言っただろ」
「覚えてないなら、何もしてないのと一緒さ」
「そうだな。たとえば、友人と遊んでいる最中、工事現場で事故があったというニュースがあれば、お前の家の近くの道路工事を思い浮かべるんじゃないか?」
「そんな偶然あるものかい?」
「滅多に無いが、絶対ではない。それに、俺はわざと道を間違えたのかもしれない」
「わざとなのかい?」
「いいや。わざとじゃない」
「君がそう言っても何の証拠にもならないわけだ。つまり、何かの理由で友人と会うのを遅らせたり、あるいは、寄り道してでも確認したい事があったのかもしれない」
「そんな事はない」
「疑うつもりはないけれど、君がそう言うと怪しいね」
「そもそも君が工事をしていると言ったのが嘘かもしれない」
「つまり伏線になりえるわけだ」
「地の文と会話文の違いについても触れておこうか」
「でも、そろそろ到着するよ」
「そうだな。会話文はできる限り自然な形にしなくてはならない」
「僕と君の会話は自然かい?」
「さてな。現実にはもっと無意味な会話や、窓の外の景色とか、いろいろ話す事もある。だが、物語においては、そのような無意味な装飾が、かえってリアリティを失わせる事に繋がる。少なくとも読者の理解は妨げる」
「君は物語の事を話していたのかい?」
「俺が物語以外の事を話した事があったか?」
「つまり、どういう事だい?」
「いつも言っている通りさ。分かってる奴なんていない。正解なんてだれも知らない」
「生きてて疲れたりしないのかい?」
「お前は疲れないのか?」
「ただでさえ疲れるのにって事だよ」
「あるいは、そうかもしれない。人間は目で見て、耳で聞く。口で話して、手で書く。わざわざ疲れる事を率先してやっている」
「インプットとアウトプットの話をしているの?」
「何の話とは言わないさ。聞き手に任せる」
「だけれど、君なりに伝えたい事があるんだろう?」
「もちろん。だが俺は間違って伝わっている物だと考えている」
「人は分かりあえないって事かい?」
「誰がそんな事を言った。だが良い誤解と悪い誤解がある。良い誤解は見逃される」
「僕らはずいぶん無感情に話していると思わないかい?」
「単に笑った、と書いてあったとして、機嫌がいいとは限らない」
「君はひねくれてる」
「そうだな。感情を与える為には、欲求を設定しなくてはならない。俺がどうしてもコーヒーが欲しくて、君を車から放り出してでも手に入れようと思っているなら、コーヒーを手に入れた時、俺はきっと感情的になっている」
「それは間違い無いだろうね」
「コーヒーが欲しくて運転が荒くなる、罵倒する、言葉数が減る……まあ、工夫次第と言ったところか」
「工夫は絶対に必要?」
「何を語るかにもよるさ。ファンタジーやSFは英雄だったり魔王であったり、象徴的な人物として語られる事が多い。これから俺とお前で、愛憎劇をやろうって言うなら、工夫が必要だな」
「それで、結局何の話だっけ?」
「そろそろ到着、話も終わりってところだ」