書きたいけど書けないやつのための物語講座

俺はしゃべりすぎるから、全部読まなくていい。お前が書けると思ったら、すぐ読むのをやめて、書け

小説講座 対立と共通認識について

 

1対立とは何か?

 物語を書くには対立が必要だ。
 多くの人がそう言うのには理由がある。
 なにせ、対立は構造であり、車に例えるなら、タイヤを動かす部分に相当する。燃料そのものでは無いという意味だ。
 ちなみに、物語が車を走らせるような直線的な物である必要は無い。
 例えば、爆発のように放射的な物語は群像劇と呼ばれる。挿話的な話であっても、そこには殆ど必ず対立構造が見られる。

 対立とは構造であり、システムだ。AとBが対立しているという、それ自体には価値は無い。

 
 対立や葛藤と呼ばれるものの正体は何だろう?
 対立を生み出すのは、足りないって事だ。
 人生と言うのは常に何かが足りていない。お金が足りない。時間が足りない。水も食料も全然足りない。愛も正義も知恵も勇気も、人類史上満ち足りていた時期は存在しない。
 しかし、足りない=対立そのものでは無い。
 足りない何かを補う行動が、何かの対立を生み出してしまう。何か、ほんの些細で何気ない主張でさえ、対立を誘発させる。
 すなわち、その本質は何か。答えをはっきりとは口にすまい。その時々で適当な言葉を当てはめるべきなのかもしれない。

 何もしようとしない人間にも対立が存在する。
 何故なら、人間として生まれた以上、生と死という変化の過程に存在していて、何もしていなくても細胞分裂は続くし、まあ、飲まず食わずでいれば鬱病になる前に死ぬ事ができるだろう。
 何か行動するのが当たり前。それは高い所から低い所に流れるようなもの。
 それが一般常識であると認識すれば、何もしようとしない人間の異常さが分かる。
 何もしないで居ると言う事は、川の流れに逆らって泳いでいるような物なのだ。実際のカロリー消費量は大した事無くても。
 あるいは、それは満ち足りている状態と言えるのだろうか。ネガティブな思考は新しい事を踏みとどまらせる事もあるが、何もしないで居る自分を責め立てるものでもある。ブッダでさえ、瞑想していない時には雑念に悩まされていた。

 どんな物にも対立が存在する
 ならば、物語を書くのに対立が必要だと言われるのはなぜだろう。
 生きるのに水と空気が必要みたいな話。意識せずにやれば、なんとかなりそうな物だ。
 だが、実際は多すぎてはダメなのだ
 水を飲みすぎれば死ぬし、過呼吸は苦しい。普段それを意識しないのは、制御できない機能が勝手に制御してくれるからだ。
 何を書くかという問題は、何を書かないかという問題に置き換える事ができる。
 それは取捨選択の問題であり、バランス感覚の問題でもある。

 たくさんの道が集中する交差点を考えてみよう。読者に伝えたい対立が多すぎるのは、そういう不便さを発生させる。

2対立と共通認識

 対立が重要なのは、それを意識するのが必須だからではない。シンプルでパワフルで、てっとり早いからだ
 何から何まで決めてからでなければ書かない人も居る。逆に思いついたら即書き始める人も居る。
 人それぞれ違ったやり方があっていいと思う。
 あるいは、対立だけを意識した方が、かえって創作がうまく行く人も居るかもしれない。

 すでに話した通り、対立はあらゆる物事に作用する。
 だから、物語の中で対立が一つしか無い、なんて事はありえない。
 どのような物語であっても、対立や葛藤がある。
 物語のキャラクターが何かを口にする度に対立は起こり得る。

 まず、共通認識を意識してみよう
 共通認識とはその物語内での事実だ。より正確に言えば、事実だと信じられている事だ。
 今日は晴れだ。明日はテストだ。○○という人物は知っていて当然。色恋沙汰が授業より優先される。建物の崩落に巻き込まれても死なない。
 時代や場所によってルールは変わる。物語の中で独自の決まり事があっても不思議ではない。
 読者も暗黙的にそれが分かっている。だが、必ず現実の価値観と物語の価値観のすりあわせを行う。あまりに現実離れした前提を提示する物語は人を選ぶかもしれない。

 対立は、共通認識のズレから起こる

 真実だと思いこんでいた事が、実はそうではなかった時。あるいは事実を事実と認められない時、変えたいと思ったときに対立が起こる。
 キャラクターの発言や行動に対して、何らかのリアクションがあった時、そこには物語的な対立がある。
「テストって今日だったの?」「男のくせにそんな事も知らないのか」「ボクにはそんな事できない」「中途半端な仕事はできない」「なんですって?」
 このようなセリフが発せられた時、そこには個人間での共通認識のズレ、対立があると考えられる。
 あるいは内的な対立「為すべきか為さざるべきか」非個人的な対立「巨大な台風」「武装した敵国」などもあり得る。

 人は現在から未来を予測する。5分先の未来、一時間先に自分が何をしているか、十年後は?

 しかし、実際に起きる事は予想とは違う。予測の根拠になっていた共通認識が何かと対立した結果だ。そのズレは現実でも日常的に発生している。


 個人の対立は、家族、恋人、友人などを相手に説得したり、妥協したりする物で。
 個人ではどうする事もできない対立も存在する。個人対社会や、社会対社会も考えられるが、何らかの形で対決する時は、社会の代表と個人と戦う事もある。

 一つの物語にはたくさんの対立が存在する。
 現実の対立と、物語の重要な対立で最も異なる部分は、それが解決されなければならないかどうかの違いだ。

 通常のキャラクターには決まった生活のルーチンがある。何もなければ永遠に同じ生活が続くと予想されるような日常だ。実際に描写される事は無くても、それは存在している。
 物語のどこかで、そのルーチンが継続不可能になる事態が起こる
 これはプロットポイント1とか、契機事件とか言われる重要な出来事で、物語に必須の要素だ。

 何もしないでいたいと思っているキャラクターの部屋に、突如として機動隊が飛び込んできたら、いつもの生活は続けられないだろう。キャラクターはそのまま捕まるか、逃げようとする。
 事件の意味はまだ分からない。だが、作者が語らないままでも、そこには大きな対立があり、その対立を解消させる事で物語を閉じる事ができる

 

3実践してみよう


 小説は、マンガや映像作品等といった他の媒体と比べて内的葛藤を描きやすい。
 だから、小説では内的葛藤を多く扱うべきという話では無い。得意不得意は知っておくべき、という事だ。
 作者自身についてもそうだ。自分が何を得意とするかを知っておこう。
 自分が何を得意とするか分からない、または自信が無いという人もいるだろう。
 基本的に、世間一般から評価されようとは思わない方がいい。世の中にはなぜ評価されているか分からない物と、なぜ評価されていないのか分からない物がいくらでもある。
 読者としても、何を求めているのかよく分かっていないのだろうというのが、俺の考えだ。

 楽に書けるやり方を見つけよう。
 いい作品を作ろうとは考えず、とにかくローコストで書き上げられるやり方を見つけよう。
 ネットで評価されている作品の中で、最も軽蔑するべき文体で書かれている物を探してみよう。
 研究しろとは言わない。そもそも価値は個人によって違っているものだ。リアリティが無いとか、シチュエイションが分かりづらいとか、説明的すぎるとか……何を良いと感じ、何を悪いと感じるかは人それぞれだ。

 もちろん、楽に書けるやり方が一番いいとは限らない。やり方を変えるのが肝要だ。
 自転車や、スキーなんかでうまく行かない時は、失敗するイメージが強くつきすぎてしまっている事がある。うまく行かなかった時どうするかの対処法ばかりが上達して、倒れた時に怪我をしないようにする事に脳のキャパシティーの多くを使っちゃいけない。
 絶対にうまくいくやり方なんて無いのかもしれない。
 しかし、今までと違ったやり方を実行するのは、大抵何かしらの価値がある

 

 例えば、三題噺というものがある。
 テーマを三つほど出してもらって、即興で物語を組むやり方だ。しかし、それはある程度ネームバリューがある人が、この人がいつもと違う話を書いたらどうなるの? って期待が組み合わさって初めて価値が発生するものじゃないかと思う。

「よい作品を書こう」という漠然とした目標を変えてみよう。
 今日の話で言えば対立。対立を意識して書く、という目標を立て、お題にしてみる。

  • 1、作品独自の共通認識を作ろう。
  • 2、キャラクターの生活基盤を破壊しよう。機動隊を飛び込ませる必要は無い。キャラクターが思っていた現実とは違う事が起きる。人見知りする主人公にテレビが取材をするという、ちょっとした出来事でもよい。
  • 3、キャラクターの生活基盤を修復しよう。通常の物語では元通りではなく、何かが変わっている。普通の少年が戦士としての生活基盤を回復させる事もある。テレビに映った人見知りは、その発言がネット上で永遠に残るミームを生み出すかもしれない。それで、キャラクターはどう変わるだろうか。
  • 4、どこかでキャラクターにリアクションをさせよう。もっとも分かり易い対立の基礎だ。

 以上4つを盛り込み、物語を作ってみよう。
 あるいは、他作品で見つけたテクニックを使ってもいい。
 物語としてはよくできていなくても、技術の拾得には役にたつはずだ。
 とにかく色々試してみよう。
 大きな対立を一つ意識すると、物語をシンプルかつパワフルに進める事ができる。
 また、何気ない事に大げさに反応させてみたり、逆に途轍もない事が起きたのに何気ない反応をさせてみよう。分かっているとは思うが、大事な場面でそのような滑稽に見せるテクニックを使わない方がいい。

 今日もしゃべりすぎた。書けなくなったらまた会おう。

 

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ストーリー

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