書きたいけど書けないやつのための物語講座

俺はしゃべりすぎるから、全部読まなくていい。お前が書けると思ったら、すぐ読むのをやめて、書け

小説講座 お前の言葉は伝わらないという話


俺は子供の頃、大人が決めたルールに楯突いた事がある。何らかのルールに違反したと思うが、具体的に思い出せない。俺はそれを誰にも咎められなかった。けれど心苦しい思いをした。見つかったら怒られると思った。何をしたかは、忘れたが。確か儀礼的な……そういうのだ。
俺は誰にも見られずにルール違反をした。その後で疑問に思う。なぜこんなルールがあるのだろう。
大人たちに聞いたが、俺はその答えに納得できなかった。でも納得したふりをした。覚えていないが、それは俺にも興味が無かったからかもしれない。その大人が俺を侮ったように言ったからかもしれない。
だが、俺はその時、ほんのりと仮説を一つ立てた。その大人も本当の理由は分からなかったんじゃないかって。
大人になった今なら分かる。分かってるヤツなんてどこにもいない。

 

お前はタイトルから、俺が文章術の話をするんじゃないかって想像したかも知れない。鋭いがはずれだ。そういう小手先の技を教えるのは、俺よりうまいやつがいくらでもいるし、お前の方がうまい……かもしれない。
俺が教えるのは言葉通り、お前の言葉は伝わらないという話だ。厳密に言うなら、伝わらなくていい、とか、十割伝えるようにしてはいけない、という話だ。

 

いいか。お前が書いているのが国語辞典ならば、十割伝わる事を目指すべきだ。読者はそれを期待している。言葉は正確に伝われば伝わる程よい。いや、国語辞典を書いてる奴らがそればかり考えている訳でない事は知ってる。逆に言えば国語辞典ですら十割伝える事は難しい。

 

数字を使ったのは俺だが、数値などどうでもいい。俺は小説の話をしているので、十割伝えられようが、一割も伝わっていなかろうが、面白ければそれでいい。
問題は、お前が十割伝えようと考えて書いた文章は、全然面白くないという事だ。
お前が面白い小説を書きたいなら、十割伝える文章を書いてはいけない(そんな事はできないが)。読者はそれを読んで誤解するが、その小説が面白いならそれはいい誤解なので、お前はその読者に「それは、そういう意図で書いたのではないのだぞ」と言ってはいけない。心の内で「そういう解釈もあるのか」と頷いておけ。むしろ、読者の解釈の方が正しい事もある。俺は面白い方が正しいと思う。その時は、矛盾するところをこっそり、なおしておけ。

 

お前は、頭のいいヤツを知っているか? お前が頭のいいと思ってるヤツの事を、実は俺は少しだけ知っている。
お前が頭がいいと思っていて、心から尊敬しているヤツは……実は、お前はそいつの事をよく知らない。
だって、そいつの事を十割理解したとしたら、お前はきっと、そいつの事を尊敬できなくなる。十割知るって事がどういう事かは分からないが……とにかく、心の底から尊敬する事なんてできない。だがそれはそれでいい。人は自分の見たい物を見ると言う。誰かが「お前の尊敬しているのは、そいつの幻想さ」と言うかも知れない。「知ってるよ」と答えておけ。誰かの言葉は、大抵役に立たない。
お前はひねくれ者だから逆に、知れば知るほど、軽蔑できなくなる例も探そうとするだろう。例えばアドルフ・ヒトラーが本当に犬が大好きだったと聞いて、当時の人々は驚いたと言う。

 

お前は美しい景色を知っているか? 例えば富士山。富士山はよく遠くから写真を撮られる。近くで撮った時、それは富士山の写真ではなく、富士山からとった写真と銘打たれる事も多い。近すぎると、誰も富士山だって分かってくれないから。
お前は大好きなアニメが実写化した時微妙な気持ちになったかもしれない。絵だった頃のヒロインは大好きだと言えたのに、実写化したヒロインは……なんていうか。
遠くから見た景色は美しい。逆に近くで見ると……いいや、そういう事は無い。お前は雪の結晶の美しさを知っている筈だ。自然が作る建築美。それは人を謙虚にさせる。雪の結晶を更に拡大して、それは分子とかになる。お前はその神秘を美しいと感じてもいい。お前はきっと実写化したヒロインも「顕微鏡で見た方が君は美しい」と胸を張って言えるはずだ。
数式を美しいと言うヤツを見たことがあるか? フェルマー最終定理を読んだかを聞いてるんじゃない。つまり、抽象化しても、面白い。

お前の書いた文章は伝わらない。お前が思ったようには伝わっていない。だがら、面白い。そういう話をしている。

 

お前はいっそう混乱するかもしれない。こざかしいお前は語るより見せろという言葉を知っている事にしてもいい。説明よりも描写の方が優れていると言われた経験があるのかもしれない。そいつは、お前が説明ばかりするから、うんざりしたからそう言っただけで、説明が全く無い小説を読んだら、きっと頭が痛くなる。

 

描写と説明……その説明をすると、俺はしゃべりすぎるから、なるべく短く済ませる。
「彼は正義感にあふれ、謎めいたパワーを隠し、ちょっと抜けた所がある」
もし小説にコレが書かれていたらお前はどう思う? せっかく俺は書いた文章は伝わらないという話をしたので、お前も、俺が書いた意図は想像しなくてもいい。
ふむ……抜けた所があるのは、作者の方では?

 

小説で説明してはいけない理由は、第一にツマラナイからだが、第二に伝わらないからだ。正義感があるな、と主人公を定義する権利は読者にあって、作者には無い。お前は開き直ってあきらめてもいいが、既に解決方法を知っている。
そいつが、正義感あふれる行動をとったなら、読者は「見所があるな」と思ってくれるかもしれない。また、いつまでたっても道徳的不義を働かなければ……そしてそれ以外の記号を思いつかなければ「正義感あふれたヤツ」と思ってくれる。
描写をする理由を学べ。理由の一つは、読者を説得させるためだ。だが、これは俺の言葉なので、お前は自分の言葉で理解しなくてはならない。そうでなければいざという時使えない。今すぐで無くていい。俺もこういう事をどこかの本で読んで、忘れて、それを俺の言葉のようにして教えているだけだから、お前も自分の言葉にしてもいい。ただ、一度寝てからにしろ。

 

説明は、読者が求めた時にすればよい。お前は読者がいつ求めるのか分からないと言うだろう。安心しろ。分かってるヤツなんかいない。
だが、お前は話の長いヤツと話をした事があるはずだ。そいつはちょっとしゃべりすぎる癖があって、面白い事を言っているのかもしれないが、ちょっと気を抜くと話においていかれ、いったい何の話をしているのか分からないのに、そいつの話はまだ終わる様子を見せないが、今ここで質問をすると、コイツはどこまでしゃべったのか忘れてしまうんじゃないかと思う事がお前にはあるはずだ。
要約して言ってくれ。お前はそう思う。
読者がそう思った時、お前は説明してもいい。説明をした方がいい事の一つは、これだ。

 

また、お前の能力が不足している場合、描写するより、説明した方がいい事がある。
赤い、丸い、ちょっと楕円形かな。酸味があって、木になる果物……リンゴだ。
お前はただリンゴだ、と書いてもいい。読者はそれぞれのリンゴを想像するかその文を読み飛ばすだろう。
だが、連想ゲームのごとく言葉を並び立てれば、読者はこれはリンゴの事を言ってるんじゃないかと考え、単にリンゴと書くより写実に想像させるか読み飛ばさせる事ができる。また、読者に想像させる楽しみを与えたとして、その文章には価値が付加される。
お前がそれを描写するのに自信があり、かつ、お前のコンセプトがそうした方がいいとお前に学ばせたなら、説明せずに、描写しろ。あるいは、その逆だ。
描写するべきところは、お前のコンセプトが知っている。コンセプトを学べ。何を伝えるべきかを学べ。
描写と説明は、小説の基礎だ……いつまでも学べる。だから分からない事をおそれるな。だが……俺は既にしゃべりすぎてる。
分かってるヤツはいない。お前に分からないなら誰にもわからない。お前は色々試してみる必要がある。それが、学ぶという事だ。

 

分かってるヤツなんかどこにもいない。だから、お前が小説を書けないのは、分からないからじゃない。お前はお前が思っている以上にたくさんの事を学んでいる。
あるいはそれは、年齢層によっても違うのかも知れない。俺は子供に詳しくは無いが……お前が六歳ならば、小説を書くのは難しいのかも知れない。何故ならお前は毎日が変化の連続で、お前が読む物語は共感よりも、発見に満ちている。お前が何も考えずに書き記した日記が、小説のように変化と成長に満ちている事を、お前は知らないからだ。子供が自分の何が特別かを見分ける事が難しいのかもしれない。子供は成長しなくてはいけないから、本人も周りもそう信じているから、それが特別だって気付く事ができない。

 

お前は自分が無知だから、小説が書けないと思っているのかもしれない。俺はそれを否定はしないが、ズレた考えだって思う。
お前は無知を自覚した事があるか? いつそう実感する? お前は負けず嫌いだから、きっとうまく行かなかった時より、新しい事を学んだ時、自分がまだ物を知らないと気付くのかもしれない。
読者もまた、負けず嫌いだから、お前は一生懸命学んだ知識を、ひけらかしてはいけない。どうせひけらかしても、読者は十のうち一しか読みとらないから、あんまり、お前が頭がいいとは、認めない。
だけど、もし、読者が知らなかった価値を教えてやる事ができたら、お前の面白いを伝える事ができたら、読者はお前が伝えたい十のうちの一だけで、二十とか、三十割……それ以上に誤解して受け取る事がある。そんな小説は、お前自身をも驚かせる。
まずは、お前の面白いを学ばなければいけない。それはお前の中にしかない。
それを言葉にしても、十割は伝わらないとも理解しておけ。十以上伝わる事や、伝わらなくていい事も、覚えておいていい。どうせ分かってるやつなんていない。


今日もしゃべりすぎた。気が向いたら、続きをしゃべる。